誰か俺の愚痴を聞いてくれ
誰かに聞いてほしいんだ
俺21歳
相手21歳
片想いの相手っていうのは、小学1年生の時から一目惚れした幼馴染み
入学式で初めて隣の席になったのが彼女で、それから15年に渡るまでずっと想いを告げられないまま勝手に別れ告げてきた
うわあせめて告白しようぜ
この期におよんで
おれはまだ振られてないみたいに
なってそうでやじゃん
ちゃんと振られて来いよ
プライド高いんだな無駄に
小学校に入学して、初めて隣になったのが翼で、俺は彼女に一目惚れした
今でもよく覚えてる
俺と翼は窓際の後ろから3列目で、教室は児童とその親たちでわいわいがやがやと騒がしかった
俺も翼も、それぞれ両親に教室まで連れてこられ、黒板に書かれた席順を確認した後、ふたりほぼ同じタイミングで席についた
母はちらっと隣の翼をみて、俺に
「隣の席の女の子と仲良くするんだよ」
と言っていた
それを聞いて、翼が恥ずかしそうな顔をしながら俺をみた
その瞬間に好きになった
まだ彼女の声も聞いていないのに
きめぇぇぇえええええええええええええええええええええええ
相手21歳は今夜もギシアンしてんだろーな
人付き合いも苦手だし、何より普段からぼっちだ
笑い飛ばしてくれよ
話を戻すけど、出会いは入学式の日
俺が惚れたのも同じ日
まだ7歳のくせに妙にませてた俺は、この想いが友達の好きとは違うことに気が付いていた
翼が恥ずかしそうに俺を見て、俺もうまく話しかけることなんてできないし、お互い何も話さずにその日は終わった
担任に名前を呼ばれて返事をする出欠確認で聞いた翼の声は、びっくりするほど綺麗だった
うちの方は机にでっかい名札が貼ってある
当然机にもあったよ
でかい名前が書かれたシール
たぶん親も教室行くから担任が書いたんだろうね
入学おめでとうとも書いてあったな
俺が通ってた頃の小学校では、各地域で1年生から6年生がひとつのグループで登校してた
朝、グループの集合場所に出向いて俺はびびった
教室で会うつもりだった彼女が、目の前にいたからだ
俺と翼は同じ登校の班だった
彼女は、俺の家からそんなに遠くないところに住んでいた
まあ同じ小学校だし、そもそもがそんなに離れてないんだけどな
「おはよう」
初めて会話をしたきっかけは、彼女からの挨拶だった
昨日の出欠確認で声を聞いてたとはいえ、俺に向けて言葉を発してくれたのが嬉しかった
「おはよう」
俺もたどたどしく返事をした
でもそれから教室に着くまで、それ以上お互い会話をすることはなかった
翼とは同じクラスだから、当然登校班が解散した後もふたりで教室に向かう
お互い何を話していいかもわからずに、昨日教わった下駄箱にくつを入れて、上履きに履き替えた
なんとなく、俺が上履きを履き終えるのを翼は待ってくれていた
そうしてふたりで教室に入った
「名前なんだっけ?」
またもや彼女から話しかけてくれた
沈黙に耐えきれなかったのか、ただの好奇心かは今になってはわからないけど
オリラジの藤森似の俺は内心ドキドキしながら言った
「藤森だよ、よろしく」
それを聞いた翼は可愛らしい顔で
「藤森くん!」
とだけ答えた
他愛もないただのやりとりだけど、彼女が初めて俺の名前を読んでくれたから、これもよく覚えてる
緊張感なく話すようになるまでそう時間はかからなかった
翼はいつも俺のことを藤森くんと呼んで、俺は一丁前に下の名前で翼ちゃんと呼んでいた
席が隣なら当然、何かと俺と翼は一緒に行動する機会が増える
掃除当番だったり、給食当番だったり。
その度に俺は心の中で喜んでた
翼もよく俺と一緒になった時に、
「藤森くんとまたおんなじだね!」
って嬉しそうに話しかけてくれていた
月毎にちょっとした歌をみんなで歌うことになっていた
その中で、隣の人と手を繋いで歌うパートがあって、翼はいつも俺の手を握ってぶんぶん振りながら元気に歌ってた
彼女は思ってる以上に活発で、どちらかといえば俺の方が内気な性格だった
それでも翼とは授業中に、こそこそ話をしたり、お互いの教科書に落書きをしあったりと、およそリア充全開の日々を送っていた。
また入学して1カ月経つか経たないかくらいの出来事
こんなことをはっきり覚えてる俺きもいな
ご飯が入ったでかい発泡スチロールの箱なんかも、ふたりで一緒に運んだ。
翼はいつも歩くのが早くて、俺はついていくのに必死でいつも早足だった。
教室に一通り食器やおかずの入ったケースを運び終えた時、翼は俺の隣まで歩いてきて、
「今度は一緒に牛乳運ぼう?」
と小声で耳打ちしてきた。
そんでまた俺はさらに彼女に惚れた。
翼は別に俺のことをなんとも思ってなかったと思う。
ただ、話しやすくて喧嘩をすることもなくいつもよく話してた相手が俺だったから、ちょうど隣にいたのが俺だったから、
翼は俺にそんなことを言ったのだと思う。
それでも、おかずやお盆を取りに行く道中で手を握ってきたり、ちょいちょい俺にちょっかいを出してきたりして、彼女はかなりのお転婆だった。
つまり3、4年生になる頃には、お互い少しずつだけどしっかりしてきて、会話の内容だったり、ちょっとしたじゃれあいなんかも低学年の頃とは変わってきていた。
ちなみに俺と翼は、1年生と3年、4年、6年は同じクラスだった。
話を戻すが、3年生になった俺と翼は席こそ隣同士ではなかったものの、お互い一番仲の良い異性だったと思う。
相変わらず翼はよくはしゃぐ子で、この頃からふざけて俺を軽く蹴ってきたり、背中を押してきたりするようになっていた。
その度に俺はなんとなく嬉しかった。
別にMではない。
ただ、学校以外で翼に会うことはなく、おおよその住んでいる地区がわかるくらいで、それ以上の進展は何もなかった。
それでも教室にくれば翼はいつも俺の席までやってきて、おはよう!と元気に挨拶をしてくれていた。
1年生の頃はただ恋愛感情があるだけで、それ以上のことは望んでなかった。
せいぜい同じ気持ちだったら嬉しいなと思うくらいで、ただ一緒にはしゃぐだけで幸せだった。
でも、3年生になり、男子と女子の境が明確になっていく頃
俺は翼とただはしゃぐだけの関係が辛くなってきた。
想いを伝えて、もし、仮に同じ気持ちであってくれたらどれほど幸せか。
そればかり考えるようになっていた。
「藤森くん、おはよう!昨日の○○観た?」
彼女は、大体いつもあいさつから昨日みたテレビの話か、捕まえた虫の話を始める。
俺はテレビもそんなに見ないし、虫もあまり興味がなかった。
いつも家で絵ばかり描いてた。
3年生になっても内気で冴えない奴だった。
彼女は、そんな俺にもっといろんなことを教えたかったのかもしれない。
今となってはわからないけど、彼女はそうしていつも腐らず俺に話しかけてくれていた。
でも、それが俺と翼の仲を引き裂く原因となってしまった。
相合い傘が書いてあって、下に俺と翼の名前が書いてある落書きだった。
たぶんみんなも一度は見たことあるやつだと思う。
一瞬で血の気が引いた。
中学年となれば、特に男女の恋愛だったり好きな人についてだったりに異常に反応するもの。
いつも一緒に登校して、教室にいても一緒にいた俺と翼は、まさしく他のクラスメートから注目の対象だった。
「お前翼が好きなの?」
そんな感じのことを大声で聞かれ、俺はなにも言えずにうつむいた。
翼も困ったような戸惑いの表情を浮かべていた。
でも、次の瞬間、翼は顔をあげて言った。
「私は藤森くん、いいなって思うよ」
俺、この時の言葉一生忘れないと思う。
藤森くんのことは好きでも嫌いでもないけど。
そんなニュアンスを込めてのものかもしれない。
それでも、俺はこの言葉がどれほど嬉しかったか。
周りは当然、その言葉を聞いて一斉にはしゃぎ出す。
クラスメートはやべーとかまじかよーとか、今まで以上ににやにやとしながら俺たちを交互に見つめてくる。
翼は、そんなのお構い無しに
「ほら、いこ?」と黒板の落書きを消して席に向かった。
びくびくしながら、俺もその後を追って席についた。
でもこの瞬間から、俺は自分の気持ちを彼女に伝えることを諦めた。
彼女が俺に好意を抱いていようといなかろうと、ここで俺が気持ちを伝えてしまったら、それこそクラスメートの冷やかしの対象になる。
そう思ったからだ。
結局は保身優先で、ちゃんと自分に向き合わなかった不甲斐ない結果が今に繋がってる。
本当は楽しく会話したいのに、周りが俺たちのやりとりに注目してるかもしれない。
そんなことを思うと、彼女への返事もぎこちなくどこか冷たいものになってしまった。
最初こそはいつものように話しかけてくれた彼女が、次第に話しかけてこなくなった。
今までは別々に登校することがあれば真っ先に挨拶をしてくれていたのに、それすらなくなった。
別に関係が悪化していたわけではないと思う。
そう信じたい。
朝、一緒に登校する時。
その時だけは、誰にも見られていない安心感から、俺たちは普通に会話をしていた。
登校班が同じとは言え、時間帯によって2班に別れることも少なくない。
教室での彼女の挨拶やテレビの話を聞かなくなった代わりに、登校が一緒になった時は足枷が解けたように彼女はよく喋っていた。
クラスメートの目を気にしながらこそこそと会話する。
今思えばどれだけ情けないんだろう。
もっと堂々とすればよかった。
どうして彼女を避けるようになってしまったんだろう。
4年も引き続き同じクラスだったが、翼と面と向かって会話をするのは朝の登校の時くらいになった。
死ぬほど苦しかった。
本当は毎日でも、片時でも離れたくないのに、教室では遠くから彼女を見つめるくらいで、自分から話しかけることはほとんどなかった。
もともと翼は活発で、誰とでも仲良くできる人。
俺と会話することがなくなっても、翼は毎日楽しそうだった。
たまにふと目が合うときに微笑んでくれる以外では、彼女から俺に話しかけることもほとんどなくて、そうしてつまらない日々を送っていた。
そんな俺の日々に、ある日小さな異変が起きた。
俺に直接的なダメージはないけれど、クラスの数名の男子が翼に惚れている噂が流れ始めた。
その噂の対象に俺の名前はなく、いつの間にか俺と翼の関係を冷やかす人間は誰もいなくなっていた。
それと同時に、俺は翼と今までのような一番近い異性としての関係に戻れないこともなんとなく悟っていた。
何人かが翼に告白をしたらしいが、彼女は顔を真っ赤にするばかりで自分の気持ちを誰にも話すことはなかったようだった。
つまりみんなフラれたのだ。
俺は影で小さくガッツポーズをしていた。
自分から告白する勇気もないくせに、勇気をもって告白した男子がフラれるのが嬉しくて仕方なかった。
「私また告白されたんだー」
朝、登校の時に彼女はそんなことをよく俺に話していた。
俺はただ、そうなんだと相討ちを打つことしかできなくて、
何て返事をしたのかも、翼に好きな人がいるのかも知らないまま時間だけが過ぎていった。
「藤森くんは、誰が好きなの?」
一度だけ聞かれたことがあったが、その時は、
「教えられない」
となんとも情けない返事をした記憶がある。
それから6年生になって、活発だった彼女もおしとやかで大人しい女の子へと変わっていった。
気づけば卒業まであと数ヵ月まで迫っていた。
結局、なにも進展はなく、成長するに連れて少しずつ翼と俺は完全にただのクラスメートになった。
朝、一緒に登校することもいつの間にかなくなって
修学旅行も、音楽祭も運動会も、彼女との思い出はなにもない。
気づけば彼女に一目惚れをしてから、6年になろうとしていた。
仲の良い友達は何人かいたし、離れるのか悲しい先生も何人かいたけど、一番悲しかったのは、やっぱり翼と離れることだった。
翼は中高一貫の中学に進学することが決まってて、俺とは別の学校に通うことになる。
それはつまり、今度こそ本当に翼との別れを意味していた。
「藤森くん、中学別々になっちゃったね」
卒業証書を受け取って、式も終わって、各々が記念撮影だったり先生との別れを惜しんだりしているなかで、翼は俺のそばまで寄ってきてそう言った。
手には卒業証書の筒が握られていて、そんな彼女は俺とは別の制服を着ていた。
「そうだね」
本当は、もっと言いたいことがたくさんあったのに、本人を目の前にすると何を言っていいかわからない。
つまらない人間の俺は、相槌を打つくらいしかできなかった。
「いっつも、一緒に登校して楽しかったね」
「私はもう虫触れないや」
そんなやりとりを一言二言交わして、俺たちは記念に写真を撮った。
翼が先生にお願いをして、ツーショットを撮ってもらった。
別々の中学の制服に身を包んで、にっこり笑う翼とぎこちなく笑う俺。
こんな時まで俺はどんな顔をしたらいいかわからずに、中途半端に笑ってた。
そうして、お互いケータイを持ってないから、当然連絡先を交換することなく、離れ離れになった。
翼の連絡先を知らなかった俺だが、当然彼女の家に行く勇気があるはずもなく、妄想しては落ち込む生活が続いた。
いつも夢に出てきた。
小さい頃一緒にはしゃいだ思い出が補正されていたこともあってか、いつも見るのは小学校低学年の翼の姿だった。
木登りや虫取が大好きな彼女も高学年では
おしとやかで品のある女の子になっていて、成績も俺より断然よかったし、きっと俺はもう一生彼女に会えないんだと一人絶望を感じていた。
そんなある日、友達から翼のことを聞かされた。
どうやら近々、海外に行くとのことだった。
父親が海岸に赴任することになり、家族みんなでニュージーランドに行くことになったそうだった。
その時初めて、俺は彼女の家柄を知った。
どこまでも彼女は遠い人だった。
俺なんかが好きになる資格がないほど、翼はお嬢様だった。
全然知らなかった。
なんとなく、別の世界の住人のように思えた。
お前らはたかが海外移住だろと思うかもしれないが、俺の周りではダントツに彼女の家はお金持ちで、お嬢様だった。
小学2年生の夏くらいからピアノを習いに通っていたらしいが、そういうことかと密かに思った。
この時、俺たちはもうすぐ中学2年生になろうとしている冬だった。
翼が日本をたつのは3月で、わずかあと3カ月ほどの猶予しか残されていなかった。
本当にこれでいいのか。
今度こそ彼女にはもう会えないだろう。
そう思うと、いても立ってもいられなかった。
せめて声が聞きたかった。
一目でも会いたかった。
きもいだろ?
今まで以上に、俺の夢の中には翼が現れるようになっていた。
俺は恥を捨てて、小学校のクラスメートから翼の連絡先を受け取った。
といっても、俺も翼も携帯を持ってなかったから、手にいれた連絡先は翼家の固定電話番号。
友達から受け取った番号のメモを片手に、俺は電話の前でしばらくぼーっとしてた。
その日は休日で、親は家を出ていた。
平日は夕方まで学校で、電話をかけるタイミングがわからない。
親に翼への気持ちが知られるのを嫌った俺にとって、その日は間違いなくラストチャンスだった。
どれくらいぼーっとメモを見つめていただろう。
時刻は20時とか21時とか、そんな感じ。
今かけても迷惑じゃないだろうか、常識知らずだと思われるだろうか。
そんな葛藤と闘いながら、俺は震える指で番号を押した。
数秒間コールが鳴り響く。
心臓が飛び出そうなくらい俺は緊張していた。
それからまもなくして
「もしもし」
そう言って電話に出たのは翼だった。
半年ぶりに聞いた、大好きで綺麗な声だった。
「藤森くん!?久しぶり!どうしたの?」
「うん…」
俺の声は震えてたかもしれない。
かけてみたはいいものの、なんて言っていいかもわからず、曖昧な返事をした。
ここまで来ても保身に走る自分への怒りと、
久しぶりに聞いた翼の声を聞けた嬉しさで俺の頭はどうにかなりそうだった。
「…元気にしてる?」
沈黙に耐えきれなくなったんだろうな。
翼の方から話しかけてくれた。
彼女はいつもそうだった。
第一声はいつも翼の方からで、俺はその言葉に曖昧に返事をするばかりだった。
「元気だよ、翼ちゃんは?」
「私?まあまあ元気」
「藤森くんは学校楽しい?」
「まあまあ、かな」
「なにそれー」
「翼ちゃんは、楽しい?」
全部おうむ返し。
つくづく自分のコミュ力の無さが嫌になる。
「楽しい、よ?」
くすくすと笑う翼の声にどこか影があるような気がした。
もちろん俺にそれ以上掘り下げる勇気なんてあるはずもなくて、それから数回似たようなやりとりをした。
「そういえば、引っ越すんだって?」
ようやく俺の心臓も落ち着いてきた頃、俺は聞きたかった質問を投げ掛けた。
今日、告白しようと思った。
付き合ってほしいとか、彼女の返事を聞きたいとか、そんなことは一切考えてなかった。
小学生の頃、くだらない理由で伝えられなかった言葉を伝えようと思った。
彼女が引っ越してしまえば、それこそ気軽に話せる環境ではなくなってしまう。
もう声だって聞けないかもしれない。
会うことなんて、もっと難しくなるだろう。
頭ではわかってるのに。
結局、この日も俺は想いを告げられなかった。
俺は空港まで見送りに行った。
好きだとは伝えられないくせに、見送りには行かせてほしいと身勝手な約束をした。
翼は喜んでいた、と思う。
別れはあっさりしてた。
当然、俺と翼は付き合ってるわけでもないし、お互い泣くような間柄でもなかったしな。
俺は泣きたかったけど。
これで、ようやく前に進めると思った。
翼のことは忘れようと思った。
いつでも会える距離に、声が聞こえる場所にいたからずっと引きずってたんだ。
そう思い込むようにしていた。
久々に会う翼はやっぱり可愛くて、小学校の頃とは違う大人びた格好をしていた。
まあ、お互い中学1年生だし、今思えばまだまだ子供らしい服装だったけど。
「見送り来てくれるなんて思わなかった」
翼は笑ってた。
たぶん、作り笑いじゃなかったと思う。
「向こうで元気にやってね」
俺にはこの言葉が精一杯だった。
寂しいとか、好きだとかそんなことを面と向かって言える人は本当にすごいと思うし、今でも尊敬する。
なのに、彼女はそれが言える人だった。
「…藤森くんと会えないのは、寂しいなぁ」
翼は、少しうつ向き気味にそんなことを言った。
息が止まった。
それくらい驚いた。
まさかそんなこと言われるとは思ってなかったから。
「俺もだよ」
目は泳いでたと思う。
結局はオウム返ししかできなかったけど、彼女の言葉は泣いてしまいそうになるほど嬉しかった。
「うん、また会おう」
しばらく翼は俺に手を振って、俺も振り返した。
翼のお父さんとお母さんはとても良い人で、彼女が俺のことを事前に伝えていたのだろう。
「翼と、これからも仲良くしてね」
そう言って、翼一家はゲートの奥に言ってしまった。
もう明日から、俺は彼女のことを忘れて生きていこう。
告白もせずに勝手に惚れて、勝手に諦めた。
でも、彼女の一言が、また翼をどうしようもなく好きにさせてしまった。
「高校生になっても、大学生になっても忘れない!
藤森くんに会いに行くよ!だから、また一緒に話そう!」
大きな声でそう言った翼は、他の人たちから興味深そうな目で見られていた。
いいねーなんて言ってるおばさんもいた。
ドラマみたいだと思った。
だから、俺も彼女の言葉に大きな声で返事をした。
誰に見られてもいいと思った。
今なら、笑われても構わなかった。
どこの名前も知らない他人に笑われるより、俺は翼の笑顔が見たかった。
「絶対また会おうね!ずっと待ってるからね!」
好きとは言えなかったけど、頑張った方だろ?
これが彼女に恋をしてもうすぐ7年目の出来事だった。
それからしばらく、中学を卒業するまで、俺は彼女の声を聞くことはなかった。
もちろん、彼女の方から電話がかかってくることもなかった。
それでも片想いを続けて、気づけば9年になっていた。
また明日くる
身だしなみとか気をつけるようになってメールこないと不安になったり色々するようになって、ん?おかしいなと思ったらそうなってた
それは、彼女と対等に話せるような男になること。
具体的にはもっと勉強をして、せめて翼の学力に追い付けるくらいの学力を身に付けること。
彼女に尊敬してもらえるような人間になることだった。
昔から翼に気を使わせていて、肝心な時はいつも彼女のオウム返ししかできない情けない自分を変えたかった。
だから勉強をした。
部活もがんばった。
そんな日々が続いた。
そうすると、なんというか、やっぱり自分に自信がついてくるんだよな。
少しずつだけど友達も増えてきて、卒業を迎える頃には充実した学校生活を送ってたと思う。
実は何度か告白されたりもした。
全部断ったけどね。
頭では諦めようと思ってても、そんなのできるはずなかった。
それくらい俺は彼女が好きだった。
空港で彼女に言われた言葉が、ずっと頭の中で響いてた。
相変わらず、夢にも時々出てきてくれた。
小学校の低学年の姿じゃなくて、ちゃんと成長した彼女の姿だった。
でも、場所は大抵小学校の教室だった。
小学生の高学年くらいに彼女の家を知ったけど、翼との思い出はやっぱりあの教室だったから。
彼女の、また会おうねっていう言葉だけを糧に俺は勉強に打ち込んで、そして高校にも無事に入学が決まった。
これも小中同じの友人から聞かされたことで、どうやら翼と弟だけが帰国することになったらしかった。
ふたりは母方の祖母の家で暮らすようで、俺の家から車で2時間ほどの距離になる。
飛行機で半日かかる距離から、たったの車で2時間弱。
飛び上がるほど嬉しかった。
というか、友達からその話を聞いたとき思わずガッツポーズをしてしまった。
友達には俺が翼に惚れていることがばれてしまったが、そんなことはどうでもよかった。
また翼に会える。
16歳に成長した彼女に会いたかった。
身長は伸びたのだろうか。
髪型は?声は?どんな服を着るようになったんだろうか。
ひとりで妄想してた。
ほんと気持ち悪いと言われそうだが、それくらい彼女に会うのが待ち遠しかった。
俺は中学2年から身長がぐっと伸び、彼女と最後に会った時は150後半くらいだったのに、今では170に届くところだった。
成長した俺の姿を彼女に見てほしかった。
といっても、戻ってくるのは1ヵ月後。
今までは夢にまで見ていたが、今度は眠れない日が続くようになった。
もうすぐ翼に会えると思ったら、いても立ってもいられなかった。
オシャレなんかに興味なかったはずなのに、気づけばメンズファッションの雑誌を読み漁っていた。
髪型なんて寝癖を直すくらいで気にしなかったのに、ワックスを買って使ってみたりした。
にきびが出来ないように化粧水なんかも買ったりして、もうなりふり構わずだったと思う。
それくらい翼に俺を見てほしかった。
ただ、ニュージーランドから帰ってきた先の空港で俺が待ってたらさすがに気持ちが悪い。
これじゃ本気でストーカーだ。
かといって、俺は翼の祖母の家を知らない。
既に携帯は持っていたけど、彼女の連絡先も知らなかった。
だから俺は、少し待とうと思った。
本当は今すぐにでも会いたくて待ちきれなかったけど、中学の時の彼女の言葉を信じたかった。
藤森くんに会いに行く。
そう言ってた彼女だから、日本に戻ってくれば自然とまた会える。
なんとなくそんな気がしていた。
ちゃんとした服とかへアアイロンとかワックスを買ったりなんかして
初めて自分の容姿を気にするようになった
そうなんだよね、好きな人ができるって驚くほど幸せなことだと思う
うちの電話が鳴った。
「俺出るよ」
その時、俺は家族と晩飯を食べていたんだが、なぜかこの電話は翼からだと思った。
ただの直感だけど。
そしてその直感は見事に的中してた。
「もしもし、藤森です」
「藤森くん?私だよ、翼。覚えてるかなぁ」
その声は、2年半ぶりに聞く彼女のものだった。
「かなぁ」の言い方が可愛くてよく覚えてる。
相手は私を覚えてるかな?
と、不安そうな雰囲気を漂わせたイントネーションだった。
「もちろん覚えてるよ!久しぶり翼ちゃん」
「あ、そのちゃん付け久しぶりに聞いたなぁ」
ふふふと嬉しそうに翼は笑った。
向こうでは当然ちゃん付けの呼び方なんてされないし、日本でも16歳の女の子をちゃん付けで呼ぶ人が少ないんだろうな。
「日本に戻ってきたんだね、おかえり」
「ただいま~、知ってたんだね」
「まあね」
手応えを感じてた。
前に比べて、自然に話すことができるようになっていた。
当然顔はニヤついてるけど。
「藤森くんなんか、明るくなってない?」
「そうかな?」
翼のおかげだよ、と思ったけどさすがに恥ずかしくて言えなかった。
向こうも話したいことがたくさんあったんだと思う。
もちろん俺も話したいことはたくさんあって、親に物陰から見られてることも知らずにいつになく饒舌に話していた。
「…藤森くんに久しぶりに会いたいな」
「俺もそう思ってた」
いくら自信がついても、やっぱり翼のが一歩先にいて、結局オウム返しとなる形で会う段取りが決まった。
あまりにもあっさり決まったもんだから、夢を見てるんじゃないかと思った。
会うのは次の土曜日。
翼は俺の家まで来ると言っていたが慌てて断った。
俺が会いに行くと言っても向こうは了承せず、互いの妥協案で車で1時間ほどかかる水族館に決まった。
こう考えるとデートみたいだよな。
当時の俺もそう思った。
だから当然飛び上がるほど嬉しかったし、もしかして翼も俺のこと好きでいてくれてるんじゃないかと妄想したりしていた。
こんなに次の土曜日が待ち遠しかったことはない。
それからの1週間は授業に身が入るはずもなく、教師に怒鳴られる日が続いた。
でも、そんなのどうでもよかった。
土曜日の今頃は何しとるのかなって考えるのに一生懸命で、友達に気持ち悪いと笑われる程度にはニヤけてたと思う。
気づけば金曜日の夜で、前日から心臓が早鐘のように鳴り続けていた。
その水族館は海に面してて、遠くの方から波音が風に乗って流れてきていた。
集合時間は午後の13時だったんだけど、結局家にいても落ち着かなくて、11時すぎには待ち合わせ場所に着いてしまった。
でも、それも全然苦じゃなかった。
好きな人を待ってる時間て、すごく複雑だよな。
早く来てほしい気もするし、このままずっと相手のことだけを考えて待っていたいっていう気持ちもあって。
今から翼に会えるかと思うと、どうしてか
泣きそうだった。
俺は小学1年生の時からずっと片想いで気持ちも伝えてなかったし、彼女と会ってる時間を考えればそんなに多くない。
それなのにこうやって翼は俺に会いたいと言ってくれて、これ以上ないくらいの幸福感に包まれていた。
それから少しの時間が経って、待ち合わせ時間の15分前くらいだったかな。
「藤森くん、お待たせ!」
そう言って僕の目の前に現れた翼は、息を飲んでしまうくらい可愛かった。
もう、死んでもいいと思った。
彼氏でもないくせに。
せっかくの水族館なのに魚もほとんど見ず、無駄話に花を咲かせた。
俺は翼が日本から居なくなってから、勉強にひたすらに打ち込んだこと。
部活も今まで以上に熱を入れてがんばったこと。
友達がたくさんできたこと。
修学旅行が楽しかったこと。
高校もそれなりに充実してること。
バイトを始めたこと。
オシャレに気を使い始めたこと。
まだまだ足らなかった。
翼は微笑みながら俺の話を聞いてくれて、嬉しそうに相づちを打ってくれた。
時々、へぇ!とかすごいね!とか、わざとらしいリアクションをしてるのがなんとも可愛らしかった。
だから、次は翼の話を聞きたかった。
向こうの生活はどうだったんだろう。
楽しかったのかな、充実してるのかな。
どうして、翼と弟だけ帰国したんだろう。
知りたかった。教えてほしかった。
でもなぜか、翼は何も言おうとはしなかった。
ただ、藤森くんが明るくなって嬉しいとそう言うだけだった。
少しだけ違和感があった。
昔よりも、翼は物静かな子になっていた。
おしとやかとかそう言った物静かさじゃなくて、なんというか、暗かった。
「大丈夫?」
そう聞いてみると、嬉しそうにうん!と笑う。
でも、やっぱりどこかぎこちなかった。
個人的なメールのやりとりができるようになった。
夜、解散してから早速翼からメールが届いた。
「今日はすごく楽しかったよ!ありがとう!
久しぶりに会えてよかった(^-^)/
またでかけるのに付き合ってくれる?」
当たり障りのないごく普通の内容だけど、これが初めて彼女が俺に送ってくれたメールだった。
嬉しくて何度も読み直した。
俺に読ませるために文章を考えてくれたのかなと思うと、ますます翼が好きになった。
「こちらこそ楽しかったよ!
俺も久しぶりに翼ちゃんに会えてよかった」
そんな感じのメールを返信した。
彼女からの内容はよく覚えてるのに、自分の打った文章はあまり思い出せないな。
「今度は、一緒にきてほしい場所があるから」
即効届いたメールの返事には、そんな言葉と
「藤森くんには知っていてほしいから」
と意味深な一言が添えられていた。
そんな内容を送ってこられたら、誰だって気になるだろ?
だから意味を教えてほしいとメールを送った。
でも、その後彼女が俺に返事を送ることはなかった。
実話だよ、本当に俺の話
胸糞なんだろうな、きっと
翼はもう死んでるよ。
自殺した。
俺、翼のこと助けられなかったんだよ。
あんだけ彼女のこと好きだったのに。
いっつも翼のこと考えてたのに、最後まで好きって言えなかったよ。
言えばよかったなぁ。
俺がもし自分の気持ちを正直に伝えてたら、きっと何か変わったんだろうか。
今さら考えても遅いけど。
翼は向こうの学校で酷いいじめにあってたらしかった。
何度も自殺未遂を繰り返して、精神的に病んでしまったようだった。
当然、学校にも通わず家に引きこもるようになって、それを見かねた両親が翼を日本に帰国させたんだ。
一人じゃもっと悪化してしまう懸念もあったから、弟も翼についていく形で戻ってきた。
今さら思い出してももう全部遅い。
空港で、笑顔で手を振ってた彼女の顔が頭から離れない。
彼女が死んだのは、俺と水族館に行った1週間後だった。
いつもなら起きてくる時間になっても翼が起きてこないもんだから、弟が心配になって様子を見に行ったらしい。
その時にはもう遅くて、部屋で首を吊って死んでた。
尿も何もかも垂れ流しでさ、もうどうしようもなかったって。
お前らには後悔してほしくないから
言おうと思ってても、いつそれができなくなるかわからない
俺みたいにあの時言えばよかったって後悔しないでほしい